【2025.05.26 OA】
鳴り物入りで角界デビューし、大相撲を席巻してきた大の里。これまでの歩みを振り返ります。
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https://news.ntv.co.jp/n/ktk/category/sports/ktbb80aae446304f6e88548706946474e7
西暦2000年6月7日生まれ。本名、中村泰輝。
きっかけは、社会人大会で全国優勝の経験もある父・知幸さんの存在でした。
大の里の父親・中村 知幸 さん:
「小学校1年の時に、相撲よりまず野球がしたいと、とりあえず足腰、鍛えるために、僕もやってた相撲をちょっとやってみないかって言って」
実績を重ねるごとに相撲にのめり込み、中学への進学の際にある決断をします。
相撲に打ち込むために、親元を離れ新潟へ。
当時の心境については…
大学時代の大の里(中村 泰輝 選手):
「何か、強くなる為には本当に何かを犠牲にしなければと、小学校6年生ながらに思いまして、もっと強くなるために本当に、自分の時間や友達など全てのものを犠牲にして」
携帯電話も持たず、勉強と稽古に打ち込む日々。
高校は新潟の名門、海洋高校へと進学し1年生の時、インターハイで準優勝するなど着実に力をつけてきました。
そして子どもの頃観戦が楽しみだったという高校相撲金沢大会。
ふるさと石川での憧れの大会に3年連続出場。3年生の時には個人戦で3位に輝きました。
名門、日体大相撲部へ進むと、その才能はさらに開花。
指導者は、4年間での確かな成長を感じていました。
日体大・齋藤 一雄 監督:
「非常に真面目な子なんですよ。 決して天才型ではなくて努力型なので、普通にやれば私は大関、横綱になれる逸材だと思っています」
2022年12月、アマチュアとして臨んだ最後の大会、全日本相撲選手権では2年連続のアマチュア横綱に輝きました。
大学時代の大の里(中村 泰輝 選手):
「(大相撲で)どこまで通用するかわからないけれど、上に行けるように頑張りたいと思います」
卒業後は、元横綱・稀勢の里が親方を務める二所ノ関部屋へ入門することに…
しこ名は「大の里」。
大正から昭和初期にかけて活躍し相撲の神様といわれた名大関「大ノ里」の名を受け継ぎました。
大の里:
「このしこ名に恥じないように、この大の里っていう名前が全国に広まるように、頑張りたいなと思います」
新弟子検査では…
「(身長) 192」「(体重) 177」
体格基準は余裕のパス。
その後の初土俵から瞬く間に番付を上げ、新入幕で臨んだ去年の一月場所では、いきなり11勝を挙げ、敢闘賞を受賞しました。
場所後は、地震により大きな被害を受けた能登の被災地へ…
大の里:
「お相撲さんをみて喜んでもらえてうれしい。明るい話題を届けられるよう頑張りたい」
ふるさと石川の思いを胸に迎えた、新小結としての五月場所、所要7場所で史上最速での優勝を果たします。
地元・石川県津幡町での祝賀パレードでは、沿道に詰めかけた約2万5000人から祝福を受けました。
そして去年の九月場所では、2回目の優勝を果たし、昭和以降最速で大関に昇進。
伝達式では、こんな言葉で決意を示していました。
口上を述べる大の里:
「謹んで申し上げます。大関の地位を汚さぬよう、唯一無二の力士を目指し、相撲道に精進いたします」
大関昇進後は、上位陣の圧力に屈する場面も見られるも、プレッシャーをはねのけ、今年の三月場所で3度目の優勝を果たします。
4月には55年ぶりとなる春巡業・津幡場所が開催。
「石川県河北郡津幡町出身、大関・大の里」
場内には、地元のヒーロ―への声援が響き渡りました。
大の里:
「少しでも早い復興を願ってますし、自分もその力になれるように五月場所、これからしっかり自分の相撲を取って、また高みを目指して頑張って、能登の皆さんにいい報告ができるよう頑張りたいと思います」
そして綱とりに挑んだ五月場所。
唯一無二の力士へ。
横綱・大の里が、まもなく誕生します。
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